震災が発生してから感じたいくつかのこと。

■仕事
金曜と火曜が原稿の締め切り。最初の地震が発生したのは、原稿をプリントアウトして校正をはじめた矢先。机の下に潜っておさまるのを待ち、外に飛び出したあと、原稿のバックアップを取っていないことに気付いて部屋に戻りました。最も怖かったのはその間ですね。大きな余震がたて続けにきて、いつ倒壊してもおかしくないと思いました。それからいつでも逃げ出せる体制で急いで校正を済ませ、メールで納品。
その後、編集者から緊急の連絡はなかったので、火曜納品分についても気分を切り替えて通常どおり進めました(結果的に締め切りは延びました)。
まず、やるべきことをやる。それから、できることを考える。
阪神大震災のときもそうだった。そうせざるを得ませんでした。

■支援
被災者に希望を与えるもの。配送や仕分けの手間がかからないもの。邪魔にならず、価値が落ちることのないもの。あらゆる面から、お金がベストだと思います。使っていないモノを渡す、余っているモノを送るというのは、違う気がします。
糸井重里さんは、いまの時代の時給を踏まえて自分を3日間雇えるような金額を、とツイートされていましたね。寄付の金額を上げることを考えてみては?とも。
それも一考。僕は僕の価値観で、お金を送るつもりです。

■声
地震の強烈な横揺れを机の下でやり過ごした後、興奮状態も手伝ってすぐに京都府の実家に電話を入れました。出てくれたのは父。しばらく実家に帰っていないので、ずいぶん久しぶりに声を聞きました。そのあと、弟から電話があって母とも話し、しばらくすると最近iPhoneを手に入れた中学生の姪っ子からも電話がありました。そして、深夜になり、メールが使えるようになると高校時代の友達や、阪神大震災の被災者でもあるブロガーさんから安否確認のメールが届きました。
被災者といえるような被害は受けていませんが、ありがたかったです。嬉しかったです。
こらからはもうすこしマメに連絡をいれようと思います。

■東京電力の会見
13日の深夜まで及んだ計画停電に関する会見は、ニコニコ動画の生放送でみていました。目的はただひとつ、自分の住んでいる地区の計画停電の開始時間と終了時間を早く知りたかったからです。しかし、東電のご担当者は、会見場を埋めた記者に詳細内容を記載した資料を配付するという手段をとられた。会見を生放送でみている者は、発言はできないだけでその場にいるのも同然なのですが、その資料に何が書かれているか知らされないまま、どこかの記者が発した福島原発事故の責任言及や、計画停電における経済的な損失といった後回しでいい質問に憤慨気味に反論する担当者の姿を拝むことになるとは思いませんでした。呆気にとられるは、まさにこのことです。
なかには毎日jpの記者さんのように機転を利かせて、スキャンした資料をPDFファイルでアップしたことをツイッターで教えてくれた方もいましたが、これに誤りがあるというから始末におえません。結局、目的を果たせないまま会見は終了しました。

原発をも揺るがしたこの震災は未曾有の出来事であり、計画停電を実行しなければならない逼迫した状況に慌てずに対処するというのは、けっして簡単なことではありません。
ただ、こうした会見において、記者への説明というワンクッションをおく必要はないと思います。特にネットを利用すれば資料の配付についても臨機応変にできるわけですから、東京電力にというよりは、もう国民向け広報のスタンスを見直すべきだと思います。
東京電力の皆さんは、原発事故の対応もあって本当に大変でしょうが、なんとか力を合わせて頑張っていただいて、次代のためにノウハウを確立してほしいです。

【追加】
さきほど、津田大介さんがツイートされていた「震災報道、原発事故報道への提案」(冷泉彰彦氏)を読みました。たしかに現在の問題点が分かりやすく書かれていますね。

http://bit.ly/f5pLdY

ただ、僕はまだ「ガンバレ東京電力!」という気持ちです。
外部の力を借りるのも一考ですが、いまの事態を乗り切れるところがあるかどうか。