安全保障関連法案が可決。次の選挙までに僕は。

enzetsu
ひとまず茶番劇の幕は下りました。
安倍晋三にしてみればアメリカの要望に応えただけ。集団的自衛権の行使を、憲法改正ではなく解釈の変更によって実現可能にするのは、リチャード・L・アーミテージ(元国務副長官)とジョセフ・S・ナイJr(国際政治学者)が強く希望していたことです。

もちろん、そんなことは野党の連中も承知していたはずです。知らないというなら議員バッジを付ける資格はありませんし、それを棚に上げて口泡を飛ばしている姿は滑稽という他はなく、ただひとり事の本質を突いていた山本太郎をまるでスベった芸人のように扱うメディアに、お粗末な強行採決を批判する資格はありません。

新聞にしろテレビにしろ、メディアのなかにいる人間も、アメリカの要望を知らぬはずはありません。それをいってしまえば身もふたもない、読者も視聴者も離れてしまうという後ろ向きの理屈で論点をすり替えてきたのです。

それを知ってか知らずか、今回は学生や子をもつ女性たちまでもが立ち上がり、「戦争反対」「子どもを戦争になんか行かせない」と全国各地で声を上げました。「メディアなんか関係ない。戦後史をよく調べ、自分の信念に基づいて行動している」と言われる人には、体に気をつけて頑張ってくださいという他はありません。

気になるのは、憲法改正による「戦後レジームからの脱却」を宣言していた安倍晋三が、この茶番を演じた理由です。田原総一朗と小林よしのりは8月に放送された討論番組で「日和った」と表現していましたが、アメリカの圧力によって心がぽっきりと折れてしまったのなら、速やかに舞台から降りるべきです。

アメリカの戦闘機が好き勝手に飛ぶことを許さない日本で暮らしたい僕としては「今度はこっちの頼みを聞いてもらうぞ、アメリカ」的な反撃のシナリオが用意されていることを願っていますが、安倍晋三の国会でのつじつまの合わない答弁と余裕が失せた表情を見ると、それも望み薄のようです。

仮に次の選挙で政権が交代したとしても、今の野党では、沖縄・普天間基地の県外移設を目指した鳩山由紀夫を「ドリーマー」と評したアメリカと外務省に弄ばれるだけでしょうし、憲法改正、日米安保条約と地位協定の見直しによる独立自尊への道筋は、またしてもまったく見えなくなってしまいました。

それでも僕は、国防軍を有し、戦争ができる国にしたうえで「たとえ同盟国の頼みでも絶対に戦争はしない」と、おかしな解釈を生み出す余地のない文章、子どもでもわかる文章で憲法9条に明記することが、平和への第一歩だと信じています。

ことしの夏は例年以上に「平和」という言葉が飛び交っていましたが、戦後70年、日本が平和だったことがあったでしょうか。憲法9条を世界に誇る平和憲法だという人がいますが、米軍とCIAはフリーパス。核だろうがお代200億円の欠陥機だろうが、いつでも自由に持ち込めるこの国のどこが平和なのでしょうか。戦闘機が東京のどまんなかに墜落しようが、米軍の兵士が卑劣で残忍な犯罪を繰り返そうが、真相を解明し、責任を追及し、司法で裁くことが許されないこの国の何を誇れというのでしょうか。

全国に駐留する米軍の存在が抑止力になっているということは否定しません。しかし、日本が他国から攻撃を受けた時、アメリカが盾となって守ってくれるなんてことはおめでたい幻想です。結果的に体をはって日本国民を守る事態になることはあるかもしれませんが、アメリカが真っ先に守るのは日本に駐留している米軍とその家族であって、日本国民ではないと思います。

だから僕は、次の選挙に向け、さらにリテラシーを高めて自らの戦後史観に基づく信念にもっとも近い人物を探します。そして想いを託すことができる人なのかどうかを見極めます。
できることは、それしかありません。

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