赤坂ACTシアタープロデュース 志の輔らくご「大忠臣蔵/中村仲蔵」を観てきました!

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広重、国清の浮世絵を使って『仮名手本忠臣蔵』のストーリーを解説。笑いの要素はないはずが……

中村仲蔵(初代)は、江戸時代中期に活躍した歌舞伎役者で、その名を後世に知らしめることになったのが「元禄赤穂事件」を描いた歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の五段目・斧定九郎(おの さだくろう)役でした。
落語で語られるのは、その彼の出生から、舞踊家・志賀山お俊の養子となった幼少時、中村市十郎と名乗った舞台役者時代を経て、四代目市川團十郎にその才能を認められて名題(なだい)となり、斧定九郎役を演じて名声を得るまで。

で、その噺を「1.2倍楽しんでもらいたい」という志の輔の意図を汲み、赤坂ACTシアターのプロデュースというスタイルで4年間に始まったのが、「大忠臣蔵/中村仲蔵」です。趣向を凝らしてたっぷりと物語の背景を語ったあと、高座で落語を披露するのは、夏に下北沢・本多劇場で開催している『牡丹灯籠』と同じスタイル。正月のPARCO劇場公演を含めたこの3つを「ライフワーク」と断言するだけあって会場は満員でした。

浴衣姿で登場の『大忠臣蔵』では、”忠臣蔵”のタイトルで舞台化・映像化される作品のモチーフは「元禄赤穂事件」だが、忠臣蔵の語源は歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』であること。そして舞台設定と登場人物が「元禄赤穂事件」と違う理由を説明したあと、スクリーンに映写した歌川広重や歌川国清の浮世絵を使って『仮名手本忠臣蔵』のストーリーを解説。

90分にも及ぶ話を長く感じさせないのは、志の輔だからできることでしょう。
竹田出雲(二代目)、三好松洛、並木千柳の3名が紡いだ物語を極上のミステリーと評し「今で言えば、山田太一さんと東野圭吾さん…・・あとひとりは橋田壽賀子さんにしておきましょうか。その3人が合作したような奥深さがあります」と解説。「笑いの要素がないので三谷幸喜さんは入りません」としながら、浮世絵に対してツッコミをいれて笑いを誘っていきます。

なかでも「密書を盗み見たお軽は、実はアフリカ生まれだった」のくだりはそのあともずっと尾を引いて収めるのが大変でした。毎度のことながらその話術には脱帽するほかなく、これが「料金外」といわれたら恐れ入りますと頭を下げるしかないですね。


中村仲蔵。落語を聞いて涙が出るほど感動したのは初めてです。

そして中入り後は本題の『中村仲蔵』です。
血筋が確かでない者はどうあがいても上に行けない歌舞伎界の常識をよしとしない市川團十郎の後押しによって、名題(歌舞伎役者の格付けの最上位)となった仲蔵。その最初の役は『仮名手本忠臣蔵』五段目の斧定九郎です。

五段目は、前半の山場となる塩冶判官の切腹と評定、城の明け渡しが描かれ、上演開始以後は客席への出入りを禁じ、遅刻してきても途中入場は許されない「通さん場」となる四段目の後――。さして重要な場面はなく、時間的にちょうど昼を迎えることから”弁当幕”と揶揄されていました。

そこに出てくる斧定九郎は、塩冶の浪士(赤穂の浪士)でありながら敵方と内通している斧九太夫(おのくだゆう)の息子で、仇討ちには参加していないただの悪人。つまり端役で、台詞も、暗闇で金を奪い取ったあとイノシシと間違われて鉄砲で撃たれ、死の間際に放つ「五十両(ご、じゅ、う、りょ、うー)」の一言だけ。本来、名題が演じるような役ではありませんが、名題への昇進を良く思わない立作家(興行の筆頭格)のいやがらせを甘んじて受けたのです。

そして役作りに悩んだ末に、仲蔵は大雨の日に蕎麦屋で出会った浪人の立ち振る舞いからヒントを得て、まったく新しい斧定九郎を創りあげます。顔と腕、脚を白塗りにして黒の紋付き、白献上の帯に朱鞘の大小、福草履。そして、月代を前に貼ったカツラ。これまでのイメージを根底から覆す斧定九郎の誕生でした。そして迎えた初日――仲蔵は頭から水をかぶって舞台へ上がり、役者生命を賭けて演じます。
「ご、じゅ、う、りょ、うーッ!」

ウズラ卵の殻のなかに仕込んだ血のりが、口元から黒紋付きへとながれ、濡れそぼった真っ白な脚を赤く染めながら落ちていきます。しかし「栄屋ッ!」(中村仲蔵の屋号)「きまりましたッ!」の声はかかりません。客席は静まりかえったまま。しくじった……!出番を終えて楽屋に戻っても誰一人声をかけてくれる者はいません。賭けが裏目に出たことを悟った仲蔵は帰宅するとすぐ、妻のお岸に上方へ行くと伝えます。失意の旅。上方へ着く前に死んでしまおうと考えていました。

ところがその道すがら、芝居帰りの人から、この日の斧定九郎は見事だったという話が聞こえてきます。その瞬間、あまりのすごさに観客はみんな驚いて声もなかったと。そして、そのことを妻に伝えるために戻った自宅で使いの者からうれしい知らせを聞きます。
明日の観劇券を求める人が殺到して、劇場がたいへんなことになっている……。

――と、長くなってしまいましたが、それだけ素晴らしかったということで。
強く印象に残ったのは、やっぱり
「ご、じゅ、う、りょ、うーッ!」
の場面。腹の底から沸いてくるような志の輔の声にしびれました。高座にずぶ濡れでひざまづいている斧定九郎の姿が見えた気がしました。
芝居を観た人が感想を話す場面では劇場のあちこちから鼻をすする音が聞こえていましたし、ファンとしてはまだまだ日が浅い僕も、落語を聞いて涙が出るほど感動したのは初めて。誰よりも早く拍手がしたい!という衝動を必死でこらえながらサゲを聞いていました。

物語としてもよくできていて、前例のないことに挑戦し、心ない人たちに邪魔をされながらも結果を出す、というところは、現代で言えば「下町ロケット」「空飛ぶタイヤ」に代表される池井戸潤の企業小説に通じるものがありますね。
人に感動を与えるツボは、今も昔も変わらないということでしょうか。

次は正月恒例のPARCO劇場ですかね。
志の輔らくごのなかでも最もチケットを確保するのが難しいと言われていますが、夏の本多劇場で「次がおそらく最後になるでしょう」(本気かどうかはわかりませんが)と、わりと真剣な顔で言われたので、なんとか……ですね。
その前に、「シブラク」のユーロライブ町田市のまほろ座MACHIDAなどの、高座が近いホールを覗いて、この先長く楽しませてくれそうな噺家さんを探すのもいいな、と考えています。

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