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ミドルエイジのアキレス腱断裂治療日記―譲られ慣れていない、という話。

優先席マーク

どうして誰も席を譲ってあげないの?

そこそこ混んでいたJR横浜線の車内。
奥へ進まずにドア横のスペースに取り付き、中に背を向ける格好で手すりにつかまったのは、気を遣われるのが面倒だからです。アキレス腱断裂から2か月。松葉杖をついているのだから席を譲ってくれるかもしれない、と期待することは、もうありません。
ところが━━。

電車が発車してすぐ、僕の隣に立っていた小学生くらいの女の子が「こっちに来なさい」と父親らしき男性に手招きされて背後に動き、けっこう大きな声でこう言ったのです。
「ねえ、お父さん。松葉杖の人がいるのに、どうして誰も席を譲ってあげないの?」

ぎょっとして振り返ると、ドアの方から数えて2番目に座っていたセーラー服の女の子が、弾かれるように立ち上がりました。つい、反応してしまったということなのか、メガネの奥の瞳に一瞬、戸惑いを浮かべた彼女は、すぐに僕の目を正面から見据えてうなづくようにして言いました。
「座ってください」
「あっ、大丈夫ですよ。あの、すぐ降りますので━━」
とっさのことでようやくそれだけ言えましたが、女の子は立ち上がった以上は引けないという気迫をにじませています。
「いえ、座ってください。どうぞ。座ってください」
僕は懸命に手を振り、いや、ほんとうに━━と、言いましたが、いつまでも押し問答しているわけにもいきません。この場を落ち着けなくては他の乗客に迷惑がかかります。
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて・・・ありがとうございます」
そう言って僕は松葉杖をついて奥へと移動しました。一歩。二歩・・・。

すると今度は、最もドアに近い席にいたスーツ姿の女性が立ち上がりました。
あくまで想像ですが、より近いところにいる者が替わるべきだと考えられたのかもしれません。
彼女はうつむいたまま一言も発することなく僕に背を向け、隣の車両へと足早に歩いていきました。
こうなると、どちらの席でも同じでしょう。
僕は、セーラー服の女の子にもう一度お礼を言って、ドア側の席に座りました。
30度を超す暑さのなか、松葉杖で歩いて疲れていましたし、町田までは30分以上あるので、ほんとうにありがたかったです。

でも、隣の席は空いたまま。
セーラー服の女の子が座ろうとしないのだから、小学生の女の子も、父親も、他の乗客も、座るわけにはいかないのでしょう。僕も、席を譲られ慣れていないので、こういう場合にどんな顔をして座っていればいいのか分かりません。松葉杖の蝶ネジを必要以上に締めてみたり、カバンのなかをゴソゴソと探ってみても、初めて経験する居心地の悪さを払拭できるはずもなく、あきらめて目を閉じ、頭を垂れました。

やがて、電車は次の駅に到着しました。
再び動き出してから目を開けると、僕の隣にはビジネスマン風の中年男性がいてスマホをにらみつけており、目の前には荷物を持った老婦人が立っていました。
計算が合わんでしょうが、これじゃ。
なんだかもう、いろいろしんどい。

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