松葉杖の返却が診察扱い!?
アキレス腱断裂から3カ月が経過。
もう必要がなくなった松葉杖を返却することにしました。
発症後、救急車で搬送されて応急処置を受けたA病院は、小田急線のK駅から徒歩で7~8分の距離。装具を着けたまま蝉が鳴く川沿いの道を歩いてみると、あの日、フットサルで消耗した体力も回復しないまま、よくぞこの距離を松葉杖で歩き通したものだと感心しました。経験したことがない人には伝わらないかもしれませんけど。
A病院に着いたのは昼前でした。5月5日に時間外治療を受けたことを証明する用紙を総合受付に提出し、松葉杖の返却に来たことを伝えると、受付の女性からは思いもよらなかった言葉が返ってきました。
「今日、返却していただいていいかどうか、看護師が判断します。これは診察扱いになりますので、申し訳ありませんが、午後の部の診察時間になりましたら整形外科までお越しください。看護師が対応しますので」
迷いなくそう言うのだからそれがルールなのでしょうが、松葉杖を返すために1時間30分以上待たなければならないなんて、はいそうですかと聞ける話じゃありません。それに僕は、この病院の患者ではありません。
「診察扱いって…あのですね、僕はここで応急処置を受けて松葉杖を借りただけで、この3カ月間はここで紹介状を書いていただいた別の病院で診察をうけ、リハビリを続けてきたんです。で、その病院の主治医から杖なしでの歩行許可が出たから返しに来たんです。もっと言えば、僕は自分の松葉杖を持っているから、万が一、状態が悪化したとしても必要ありません。それでも午後まで待てと?」
「申し訳ありませんが、そういう決まりになっております。看護師が貸し出したものなので、看護師にご返却ください、ということなんです。どうかご理解ください」
それは無理だよ、お嬢さん。ちょっとかわいいし、物腰も柔らかだから松葉杖をつきつけて帰るようなマネはしないけど。
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最初からそう言ってるじゃないですか。
整形外科の診察室の扉が開き、名前を呼ばれたのは午後1時45分を回ったところでした。
文庫本を閉じて顔をあげると、立派な体格をした女性がこちらを見下ろすようにして立っています。
「看護師が貸し出したものなので、看護師にご返却ください」と、受付のお嬢さんは言いましたが、そこに立っていたのは、応急処置を受けたあとで松葉杖を貸してくれた幸薄い人妻風の女性とは似ても似つかない、逞しく力感ほとばしる容姿。看護師の仕事をしながら赤鬼のアルバイトでもしているのかと言いたくなるほど、日に灼けています。
「松葉杖をご返却されるということですが、主治医が許可を?」
「はい」
「確認のため、少し歩いてみてもらえますか」
僕は腰を上げることなく答えました。
「いや、必要ないでしょう。ここまで歩いて来たんだし。だいたい僕は、ここの患者じゃないですよ」
「え?」
赤鬼は怪訝そうな顔をして持っていたファイルをめくり、手を止めて言いました。
「あっ。M病院か。では結構です。ご苦労様でした。会計のほうでお待ちください」
赤鬼は大きな手で松葉杖をつかみとると踵を返し、診察室の奥へ消えていきました。
だから、最初からそう言ってるじゃないですか。
松葉杖のレンタル料は3カ月6,000円。新品が買えます。
それからさらに待つこと30分。
会計の窓口で請求された金額は、6000円でした。これが松葉杖のレンタル料です。
病院経営はボランティアじゃないので無料にしろとは言いませんが、6000円出せばまったく同じモデルの新品が買えます。それを知っているくせに、患者の命を支えると言っても過言ではない先端のゴムが劣化した中古品をこんな料金で貸し出すなんて。タイヤの溝がない整備不良の中古車を新車と同じ価格で貸すのと同じだってこと、分かってますよね。
雨に濡れて床が滑ることのない院内で使用するだけならともかく、アキレス腱断裂のような重症を負い、数ヶ月も、さまざまな条件下で松葉杖を使用することが分かっている患者に対しては、新品の買取を勧めるべきですよ。
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