30時間におよぶ超大作を2時間半でまるごと楽しめるように工夫した創作落語。
「怪談牡丹灯籠」は、江戸時代末期(幕末)から明治時代にかけて活躍した初代・三遊亭圓朝(えんちょう)の代表作。中国の小説「剪灯新話(せんとうしんわ)」のなかの「牡丹灯記」を、江戸時代前期の仮名草子作者・浅井了意が翻案(原作の世界観を損なうことなく形式を変えること)。これに天保年間に牛込の旗本屋敷で起こった事件を加えて創作した噺です。
一般的に「牡丹灯籠」として落語や演劇などで表現されるのは、長大な原典のほんの一部。全編は30時間におよぶ超大作で、初代圓朝はこれを15日間かけて高座で語り下ろしたと言われています(若林王甘[王へんに甘:かん]蔵・酒井昇造の速記術によって明治17年に出版されて大ベストセラーとなり、今は文庫本で読むことができます)。
立川志の輔の「怪談牡丹灯籠」は、いわばその全編を2時間30分(実際には3時間かかりました)でまるごと楽しめるように工夫した創作落語。夏の定例公演として下北沢の本多劇場でほぼ毎年上演され、ことしで7回目とか(間違ってたらすいません)。回を重ねているのは、原典の魅力をまだまだ伝えきれていれていないという思いの裏返しかもしれませんが、長くやってくれたおかげで僕は今回、チケットを獲得できるという幸運に恵まれました。
折しも歌舞伎座では、玉三郎、海老蔵、猿之助、中車の共演による「怪談牡丹灯籠」を上演中(7月27日が千秋楽)。豪華な顔ぶれで物語の一部を深く掘り下げた牡丹灯籠はあちら、料金は安いけど笑いながら全編をまんべんなく理解できる牡丹灯籠はこちら、というわけで、前半の1時間はマグネットボード(「ためしてガッテン」のスタッフが作成したらしい)で20名近い登場人物の相関図(こんな感じだったと思います。参考までに)を作りながら、複雑にいりくんだ物語の骨組みをわかりやすく解説。ギリシャの国民投票や国立競技場の件などの時事ネタから始まり、若手の頃に本多劇場で味わったほろ苦い経験や立川談志との思い出話を盛り込みながら、MCよろしく立ち姿のまま観客を引き込んでいく話芸は、さすがというほかありません。
「このシーンをよく覚えておいてくださいね」の言葉を残し、15分の仲入りを挟んで迎えた後半は、いつもの高座スタイルで本編へ。絶世の美男浪人・萩原新三郎に恋焦がれたまま若くして亡くなった牛込の旗本・飯島平左衛門(いいじま・へいざえもん)の一人娘お露(つゆ)の霊が、女中のお米を伴い、牡丹灯籠を掲げて夜な夜な新三郎のもとを訪れる悲話「お露新三郎」。新三郎の身の回りの世話などをして暮らしている伴蔵・おみね夫婦の所業を描いた「お札はがし」。そして、悪事が露見するのを恐れて故郷の栗橋へ引っ越し、幽霊のお露からもらった百両を元手に、伴蔵・おみね夫婦が開いた荒物屋の成功、伴三のおみね殺しへと物語は紡がれていきます。重い場面が続きますが、水を打ったような静けさが心地良かったです。
ラストは圓朝の原典にはない、志の輔独自のエピソードが追加されていて「牡丹灯籠」は仇討ちという大きな流れのなかに怪談噺が盛り込まれているのだと納得。そこだけを切り取っても十分に面白いが、その背景を知ればなお面白い。夏の本多劇場は、それを伝えるためにもっともふさわしい場所なのでしょうね。「よく分からなかった方は、ぜひまた来年いらしてください」と志の輔。「ギリシャの話なんかしているのがいけないのでしょうか」と言って笑いを誘った時には、夜10時を回っていました。落語は聴く方も集中力が必要なので心地よい疲労感。これを10日間もやるというのだから恐るべき情熱。最もチケットがとれない噺家と言われるのも当然ですね。
次は、これも恒例の赤坂ACTシアタープロデュースの「志の輔らくご」ですか(9月26日~29日/チケット発売は8月16日から)。演目は、第一部が「大忠臣蔵~仮名手本忠臣蔵のすべて~」。第二部が「中村仲蔵」。8月末の町田市民ホールの独演会はダメだったので、ここはなんとか、と思っています。そして願わくば「おそらく最後になる」と言われていたPARCO劇場での「志の輔らくご」にも……!
コメント